ガラパコス野郎

ズレた学生の日記

けもフレ最終話で好きなシーン

何かと話題になっていたので視聴したけものフレンズ

終盤は色々と盛り上がるシーンが多くて楽しかった。

最終話は特にいいシーンがあった。

①セルリアンが死んで自然に戻るシーン

セルリアンがサーバルちゃんたちの団結で倒されると大地になったのだ。

これを観て僕は泣いた。

とても綺麗だった。セルリアンはけものフレンズの敵、フレンズを襲う悪い奴なのだが元は無機物から色々あって生まれる生き物でアニメに出てきたセルリアンは溶岩が元である。

溶岩は時間が立つと大地になる。

ということはじゃぱりぱーくの自然はセルリアンによって成り立っているのかもしれないと思うとなんてうまく出来た世界なんだろうと涙が出た。

それぞれができることを果たしている。

生きている間に何かセルリアンも果たせればよりいいのだけど・・・(かばんちゃんが食べられて助かったのは偶然だったのか? 動物本来の姿に戻すという事は輪廻転生を司る役割に繋がらないだろうか)

②ボスの最後

セルリアンを倒すために自分を犠牲にしたボス。

名前に反して可愛らしい見た目のロボット動物で感情が感じられない喋り方をしているが最後に話そうとした言葉はサーバルとかばんちゃんの事だったのだろうか。

ベタだけど泣けるシーン。

(その後スピーカーが残っていて復活したが)

③観覧車に乗るシーン

かばんちゃんとサーバルが二人で観覧車に乗るだけなのだがこれまた涙が出る。

EDで荒廃していたと分かる遊園地、それを含むじゃぱりぱーくが完全復活を遂げたと感じるからだ。

活気が戻り交流が盛んになって再びかつてのじゃぱりぱーくになるんだなと思うと泣ける。

他にもいいシーンが最終話に詰まっているのだがここまでにしておく。

何気ない美しさに弱い自分としてはけもフレ最終話はかなり良かった。

2期はどうなるか不安だけど単なるドタバタだけで終わらず自然や動物の美しさをクローズアップしてほしい。

 

歴史

27時間テレビで日本の歴史がテーマになっている。

役立つ教科は数学と歴史のどっちかという論争の中で歴史を学ぶ意義として過去を学ぶことで悩みが消えるという意見があった。

実際大抵の悩みは過去にもあり過去の事例を漁ると案外共感できて安心する。

人類の歴史は同じことの繰り返しという暗い意見もあるけど一方で何度悲惨な事態になっても立ち直るという見方もできる。

大戦があっても立ち直れたのだからどうにかなる。

詩は素晴らしい

この時間がある夏休み期間にせっかくだから詩を読もうと考え作品をいくつか借りてきた。

今の小説や詩に比べ非常に分かりにくさがあるが時間をかけて読むととても良かった。

何より自分についての言葉がある。

自分の悩みや痛みについて詩人が代弁してくれる。

萩原朔太郎は説明できない憂鬱さを

中原中也は現状に対する諦めを

高村光太郎は胸に抱える途方もない情熱を

宮沢賢治は理想と現実の格差に対する悩みを

同じ事を考えていた人がいたという事実は自分の心を癒し前に進む力を与えてくれる。

新しいものだけが自分を楽しませるとは限らない。

長年人に知られている詩人だからこそ多くの人の心を掴んだので俺の心情も汲み取ってくれたわけだ。

もちろん小説や漫画にもこういった人の苦闘を描いた作品はあるがやはり物語を用意しなければいけない以上都合のいい展開が生まれる。

例えば、唐突に自分を理解してくれる人が現れる。 自分の能力が向上するなど。

だけど詩は物語より心情や規則などが優先されているのでその人の思った事を書きたいようにかける。

規則がある事で自由に文章を書けないぶんある程度添削され研ぎ澄まされた言葉を生み出す。

だからより共感しやすいのかもしれない。

今時間があるうちに読めるだけ読みたい。

Twitterの仕様変更

Twitterの仕様変更でとうとうブラウザ版にも他人のいいねが表示されるようになった。

かなり鬱陶しい。

いくらSNSといっても他人の全てを知りたいとは思わない。

おかしくなりそうだなあ。

早く人間やめたい

もっと書くと生物でいるのが嫌になる

自発的に生きるのがもう嫌だ。

周囲の言いなりから脱却して自分の意思で動くと決めたのにこれだ。

バイト選び失敗。 サークル選びも失敗。

失敗が怖くなって家に引きこもる日々。

成功より失敗が圧倒的に多いのでどんなささいな失敗でもかなりのダメージを心身に受けている。

精神病かと思って病院に行ったけど性格の問題で一蹴。

そもそも周囲に頼りにできる人はいない。

悩みを相談しても大したことのない一般論語られて終わり。

ネットはもう今更色々あって信頼できない。

二次元に没頭している時だけが至福。

現実の話になると途端に嫌になる。

もう自分だけで考えて生きるのが嫌だ。

自分の生き方は周囲には受け入れられない。

俺が周囲を受け入れたとしても周囲は俺を受け入れない。

萩原朔太郎の世界

最近アフタヌーンという漫画雑誌に載っている月に吠えらんねえにハマった。

作品のイメージを元に擬人化された近代の詩人たちの不思議な日常という話なのだが

主人公の萩原朔太郎が気になって図書館で作品集を一冊借りてみた。

すごく良かった。

近代の作品なのに今と変わらない悩みが伝わってくる。

将来への不安、周囲との劣等感や軋轢

現実逃避、この重苦しい心情を優れた感受性と洞察力をもって巧みに描いている。

分かりやすいのだと天に怒るという短編がある。

これは始皇帝に不死の効能をもつ薬を探すように命じられた男の旅の話である。

男は強い理想探究心を持つが故に危険な旅に参加した。

そして旅の過程で日本にたどり着き そこで同じく薬を長年探していた主人公の師匠に日本はありもしない理想を求めず現実の良いところを見つけてのびのびと暮らしているのだと教えられだから主人公もいつまでも夢見がちでいるなと叱咤される。

主人公もひとまず納得してここで暮らすのだがこの後の独白にひどく共感した。

大まかに書くとどれだけ一緒に日本人と暮らしていても自分と他人には見えない膜があり絶対に自分は受け入れてもらえない。

気を許して喋るとなぜか敵対心を抱かれる。

日本人はのびのびと暮らしているのではなく能天気なだけで自分とは違う。

という内容である。

僕も勇気を出して色々とチャレンジしても上手くいかず同じ絶望を味わったので納得する。

もはや自分が変われば世界が変わるなんてバカみたいなこと考えられない。

どうにもならないシステムが自分を包んでいるのだ。

自己啓発本は今だに流行っているが

世の中どうにもならない事だってある。

だから現実を拒否して空想に浸っていくのだ。

天に怒るの主人公のように。

 

昭和以前の光景

僕は現代より昔の話が大好きです。

昔というのは当たり前ですが今と違って全然状況が違います。

それがまるで異世界のようで夢見がちに見てしまうのです。

今の事を考えるよりそれとはかけ離れた世界を考えている方がずっと楽しい。