ガラパコス野郎

ズレた学生の日記

昭和以前の光景

僕は現代より昔の話が大好きです。

昔というのは当たり前ですが今と違って全然状況が違います。

それがまるで異世界のようで夢見がちに見てしまうのです。

今の事を考えるよりそれとはかけ離れた世界を考えている方がずっと楽しい。

 

郷に入っては郷に従え

日本の有名なことわざです。

意味は自分のいる所のルールは守ろうねという意味です。

この言葉が最近よく胸に染みます。

なぜかというと、図書館で読んだ岩波出版の哲学トレーニングという本で言語ゲームという観念を知ったからです。

 

高校倫理の古典でまなぶ 哲学トレーニング 1――人間を理解する

高校倫理の古典でまなぶ 哲学トレーニング 1――人間を理解する

 

 

言語ゲームって倫理の教科書で見たことはあるけどよく分からないなと思っていたのでその、哲学トレーニングで何となく分かったのは嬉しかったです。

うまく説明するのは難しいのですけど、要するに「郷に入っては郷に従え」です。

詳しく書くと、言葉とは永遠不変の意味があるのではなくその時の状況で意味が変わり、それを使うコミュニケーションとはその都度ルールが変わるごっこ遊びのようだとウィトゲンシュタインは考えたそうです。

例えば、二人の子供がおままごとをしています。これは二人がおままごとをしたいから、そしておままごとのやり方が二人ともだいたい同じだから成り立っています。

これと同様にコミュニケーションも話す前から多くの前提の元に成り立っているというわけだそうです。

コミュニケーションがうまくいかないのは

向こうが将棋をしたいのに僕は駒でおはじきをしてしまう所でしょうか。

自分の事しか見えなくて他人の事をもう少し見ていればこうならないのかもしれません。

今までは、コミュニケーションがうまくいかないのは自分に合う人がいないだとか、センスがないとか感情論で誤魔化していましたが、こういう風に分かりやすく説明してくれる哲学があったおかげで何となく突破口が見えてきた気がしました。

今日のウンコ日和

カップ麺やカップ焼そばはとても安く食費の節約になりますが、大抵腹を壊します。

特にそれしか食べていないと下痢便確定です。

その癖、腹というのはワガママでウンコをモリモリ出した後腹が減る事があります。

何なんでしょうね。

人と馴染めない

会話がそもそも出来ないわけじゃない。

自分から話しかけられるし、話しかけられて反応もできる。

でも、どこか人とずれている。

会話をキャッチボールとするなら

相手が投げた球をとてつもない方向に投げてしまうのが俺だ。 

何か喋っても共感を得ることは少ない。

だから、昔はコミュニケーションが好きだったけど次第に嫌になっていた。

そして今はどうせ共感されないならと、サブカル趣味に走っている。

今後どうなるかはまったく分からない。

最近の楽しみ

音楽を聴きながらテレビを見る事

つまらないテレビも何だか楽しく感じる

 

かなり非リア向けだったエヴァ旧劇

BSで去年の秋から再放送されていて興味本位で見て来たエヴァ

今までの謎が何となく分かった劇場版だった。

たった90分くらいでまとまるのかと思ったけど多分大体分かった。

でもあまりに残酷過ぎる。

あの使徒との戦いは人類をある意味滅ぼすためにやらされた事だったとは。

このためだけにたくさんの人が死んだ。

アスカも母の幻影を見て覚醒したにも関わらず

ゼーレに殺された。

(作中で一番悲惨な死に方だった)

人類補完計画と呼ばれるこの計画。

自我を持つから人類は争うという訳で自我を奪って一つの生命体にするという内容だ。

死ぬのと変わらないことだけど自己嫌悪してきた生存者たちは各々楽しい夢を見ながら受け入れた。(マヤさんがレズだったのは驚いた。 視聴者にはとことん夢を見させない)

劇場版では疲弊して何も出来なかったシンジはとうとう補完を受け入れる。

この描写が非常におぞましい。

とても辛い幼年時代だったようだ。

自分の解釈ではシンジはあまり男と関わらず女とばかり関わってきたのは自分を放置してきた父親に対する怒りや恐怖から男を避け女に依存していたかもしれない。

TV版の回想でもトウジやケンスケより圧倒的にミサトさん綾波・アスカが出てくることが多かった。

でも依存してきた女の子たちのシンジに対する隠れた思いを補完された故に知ってしまう。

ミサトさんは頼れるお姉さんだけど実はかなり自分勝手。

アスカはシンジの事が大嫌いだった?

ミサトさんの家でのシーンは本当のことか分からないけど首を絞めるなんて当時のシンジには出来ないだろうから補完後の世界の話だろう)

シンジもアスカなんて別に好きじゃなかった。

でも恋愛すれば冴えない人生が変わるとでも思っていたのか好きなフリをしていたのかもしれない。

アスカも同様かな?

それでシンジは首を絞めた。

ここでご機嫌なミュージック。

そして実写パート。 若造としては90年代の日本の風景が見れて楽しい。でも座席に座っているエヴァファンを写しながら現実がどうたらこうたら講釈を垂れるのはさすがにヒドい。

そりゃ無いでしょ。監督のインタビュー本読んだら自分の意見を押し付けるファンが鬱陶しかったとは言っていたけど。

監督が伝えたかったのはエヴァにハマって自分を慰めてないで現実を生きろという事なんだろう。

だから撤退的に世界を滅茶苦茶にしてファンを失望させようとしたのかな。

とにかく、シンジはアスカに対してお前なんか別に女として好きじゃないと意志を示してまた新しく人生をやり直そうと補完を拒絶する。

シンジと初号機は使徒との戦いで一体化して

神同然になっていたのであっけなく補完世界は崩壊した。

さようなら綾波。 (モザイクほぼ無しだったけどなぜか綾波の欠損にはモザイク 女子中学生のおっぱいは許されたのに)

最後、アダムとイヴかの様にシンジとアスカが並んで横たわる。

シンジは現実でもアスカに対する怒り?を示して反応を貰うことにした。

アスカもその心情を補完世界で知っていたのか

「気持ち悪い」と嘲る。

よくこの壮大な話がまとまったと思うけど非常に人に薦められない作品だと思う。

作中歌だけは受け入れられそう。

他人が怖い。自分すら愛せないという人にはこの補完世界は魅力的なんだと思う。

補完世界は徹夜しながらネット見ている感覚に近いのかな。

音ゲーをやると精神によろしい

家に引きこもってても次第に鬱屈としてくるので外に出るようになった。

でも、外に出ても特にやる事はない。

どうしようと思ってたがゲーセンで何となくポップンミュージックをやったらハマった。

やり始めた理由は好きなアーティストの曲が入っていたのでそれをクリアしたくてやってみた。

ポップン音ゲー初心者の自分にはとても難しかった。

何せ9ボタンだから手が全く追いつかない。

でも、速度変えたりボタンの押し方を変えるとクリアできる曲が増えて楽しくなった。

本題に移る。

音ゲーは基本難しい。

チュートリアルだけじゃ全くできないゲームはいくらでもある。

クリアするには理論と反射神経が必要だ。

譜面を理解してどういう風にやるかという理論、

そしてそれを実行する反射神経。

だから楽々クリアするのは難しい。

でもその分クリアできたら自分の実力に対する自信が付く。

収録曲自体アップテンポなのが多くてウキウキしやすい。

スマホでも音ゲーはできるようになったし

普及した方が健康にいいじゃないかと思う。